融資額は3000万円でした。
数字だけ見れば、正直、大きすぎる金額です。
怖くなかったと言えば嘘になります。
でも、不思議と感覚は違いました。
「やっとスタートラインに立てた」
そんな気持ちの方が強かったのを覚えています。
看護師として働いてきた私にとって、
3000万円という金額は現実感があるようで、どこか現実味がありませんでした。
患者さんの命を前にすることには慣れていても、
“借金”の重さには慣れていなかった。
それでも、なぜか逃げたい気持ちよりも、
「ここから始まるんだ」という感覚の方が勝っていました。
不動産を始めるきっかけは、妻の一言でした。
「不動産、やってみたら?」
たしか、休みの日だったと思います。
特別なタイミングでも、深い議論をしていたわけでもありません。
何気ない会話の中で、
まるで選択肢の一つを差し出すように言われた言葉でした。
そのとき私は、
「自分でもできるかもしれない」
と、初めて思いました。
それまでは、不動産は特別な人がやるものだと思っていました。
お金に強い人、経営者、成功者。
少なくとも、自分とは違う世界の話だと。
でも、その境界線が、その一言で少しだけ揺らいだんです。
不動産を始めるときに、一番怖かったのは何だったのか。
失敗することでも、借金でもありませんでした。
一番怖かったのは、
「無知であること」でした。
知らないというだけで、世界は必要以上に怖く見えます。
仕組みが分からないから、不動産は危険に見える。
数字の意味が分からないから、融資は恐怖に見える。
でも、少しずつ学んでいくうちに気づきました。
怖さの正体は、リスクそのものではなく、
“理解できていない状態”だったんだと。
これは看護師の仕事とよく似ていました。
患者さんの状態が分からないとき、人は不安になります。
でも、情報が揃い、リスクと対処法が見えた瞬間、
恐怖は“課題”に変わります。
不動産も同じでした。
実は、不動産を始めてからの「リアルな失敗」は、少し変わっています。
夜勤をしなくなって、平日に休みを取りにくくなったこと(笑)。
これ、完全に想定外でした。
今までは夜勤があったから、平日に動ける時間がありました。
役所、不動産会社、銀行、業者との打ち合わせ。
でも夜勤をやめると、
「平日昼間に動けない」という新しい問題が出てきました。
それまで「忙しすぎる」と思っていた生活が、
形を変えて戻ってきた感覚でした。
もう一つ、意外だったのは「時間ができすぎたこと」です。
ずっと動き回っていたのに、
急に時間が増えた。
本来なら嬉しいはずなのに、
なぜか落ち着かない。
何をすればいいのか分からない。
自由なはずなのに、心が追いついていない。
ずっと「忙しさ」の中で生きてきた人間が、
突然「余白」を手に入れたときの違和感。
これは、不動産を始めるまで想像もしていませんでした。
それでも、はっきり分かったことがあります。
不動産をしていなかったら、
今の生活はなかったということ。
たぶん私は、
夜勤を続けて、それなりに評価される看護師になっていたと思います。
不満はなかったかもしれません。
でも、疑問もなかったと思います。
「この働き方でいいのか」
「この人生でいいのか」
そういう問いすら、持たなかったかもしれません。
3000万円の融資を受けたとき、
私はようやく“選択できる側”に立った気がしました。
怖さは消えませんでした。
でも、無知ではなくなった。
そして、動いた瞬間に気づきました。
人生は、
「怖さがなくなったとき」ではなく、
「怖さを抱えたまま動いたとき」に変わるんだと。
夜勤を手放して見つけた、小さな幸せと大きな自由