不動産を始めるきっかけは、意外にも妻の一言だった。
「不動産、一緒にやってみない?」
正直、驚いた。
自分の中では、不動産は“遠い世界”の話だった。
看護師として働き、夜勤もこなし、家族を養う。それだけで精一杯だったし、不動産なんて自分の人生とは関係ないと思っていた。
でも、妻は違った。
ただ収入を増やしたいわけではなく、私と一緒に何かを作りたいという気持ちが伝わってきた。
その言葉を聞いたとき、胸の奥が少し熱くなった。
「もしかしたら、自分も挑戦できるのかもしれない」と、初めて思った瞬間だった。
ところが、喜びは長く続かなかった。
親と従兄弟に話をしたとき、返ってきた言葉は想像とは全く違った。
「不動産なんて、あなたには向かないよ。」
「そんなの、できるわけないからやめときなさい。」
親の言葉は、私を守ろうとしてくれているのは分かる。
従兄弟も、同じ家族の立場で心配してくれていたのだろう。
でも、その言葉は私にとって、応援ではなく否定だった。
正直に言えば、そのとき少しだけ納得している自分もいた。
たしかに、不動産の知識もない。
資金も多くない。
周りにやっている人もいない。
「やっぱり無理かもしれない」と、頭のどこかで思っていた。
でも、勉強を始めてから少しずつ考えが変わっていった。
本を読み、数字を計算し、物件を調べるうちに、少しずつ理解できることが増えていった。
利回りの計算、キャッシュフローの見方、減価償却の仕組み。
最初は複雑で頭がついていかないことばかりだったけど、繰り返すうちに数字の意味が見えてきた。
「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」と、心から思える瞬間が増えていった。
怖かったのは、失敗することではなかった。
それよりも、周囲と違う選択をすることだった。
誰もやらないことをやること。
孤立するかもしれないという不安。
その孤独感に、何度も立ち止まりそうになった。
それでも、私は決めた。
「やる。」
もし、ここでやめていたら、私はきっと今も同じ場所に立ち続けていたと思う。
夜勤に追われながら、「何かを変えたかった」と思い続ける日々。
その恐怖を思うと、やめる選択肢はなかった。
理解されない選択。
それは孤独だった。
でも、振り返ってみると、その孤独こそが私を前に進ませていた。
誰も私の人生を代わりに生きてくれない。
成功も失敗も、責任を取るのは自分だけだった。
親や従兄弟の言葉も、決して間違ってはいない。
最初は、たしかにできないことも多かった。
でも、「できるかどうかは、最初から決まっているものじゃない」ことも、私は学んだ。
勉強を続ければ世界は変わる。
理解できれば、選択肢は増える。
私は、少しずつ確信していった。
妻の一言と、親の否定。
その間で揺れながら、私は決断した。
「自分の可能性を信じる」という選択。
あのとき、勇気を出せたのは、
“やらなかった後悔の方が怖かったから”だった。
不動産を始めたのは、お金を増やすためだけではない。
自分の可能性を、自分で否定したくなかったからだ。
理解されない選択は、孤独で不安だった。
でも、その孤独が、私を一歩前に進ませてくれた。
夜勤を手放して見つけた、小さな幸せと大きな自由