看護学生だった頃、何度も言われました。
「看護は奉仕の精神でやるものだから」
その言葉は、いつの間にか私の中で、
一つの価値観になっていました。
お金を求めることは、どこか間違っている。
看護師が収入の話をするのは、少し恥ずかしいこと。
はっきり言葉にしたわけじゃないけれど、
私はずっと、そんな空気の中で生きていました。
だから、看護師になってからも、
お金のことを深く考えようとしませんでした。
どこかで、
「お金は大事だけど、あまり触れてはいけないもの」
そんな感覚があったのだと思います。
でも、あるときふと、疑問が浮かびました。
なぜか、手取りが増えない。
夜勤をして、残業をして、責任も増えているのに、
給料明細を見ると、手元に残るお金はほとんど変わらない。
「なんか、おかしくない?」
言葉にはならないけれど、
胸の奥に小さな違和感が残りました。
でも、その違和感を深く考えることはしませんでした。
お金の話をする自分が、
どこかで「いやらしい」と思っていたからです。
不動産を始めて、はじめて確定申告をしたときのことです。
給与から引かれていた税金が、目に見えて減りました。
所得税が下がり、
その後、住民税も下がりました。
結果として、手取りは増えました。
その瞬間、私の中で何かが崩れました。
「お金って、悪いものじゃなかったんだ」
同時に、別の感情も湧いてきました。
「あ、知れてよかった」
もっと早く知りたかったという気持ちもありました。
でもそれ以上に、
「知らないままじゃなくてよかった」
という安心感の方が大きかったのです。
私はずっと勘違いしていました。
お金は、善でも悪でもない。
ただの仕組みであり、道具でした。
看護師として患者さんを守るために、
知識や技術が必要だったように。
自分や家族の人生を守るためには、
お金の知識が必要だっただけ。
それに気づいたとき、
私は少しだけ、自分を許せた気がしました。
「お金のことを考えてもいいんだ」と。
不思議なことに、
お金の仕組みを知ってから、
仕事の見え方も変わりました。
「もっと頑張らなきゃ」ではなく、
「どう生きたいか」を考えるようになったのです。
奉仕の精神は、たしかに大切です。
でも、奉仕だけでは、人生は守れません。
自分の生活を犠牲にしてまで働くことが、
本当に正しいのか。
そんな問いを、
初めて自分に投げかけました。
もし、あのままお金のことを知らなかったら、
私は今も、同じ場所で働いていたと思います。
忙しさに追われながら、
「これが普通」と自分に言い聞かせて。
でも今は違います。
お金は敵ではなく、
使い方次第で味方にもなる。
そのことを、やっと理解できました。
最近、娘がこんなことを言います。
「大きくなったら、アパート買うんだ」
最初は、思わず笑ってしまいました。
でも、私は嬉しかった。
お金を、怖いものだと思わずに育っている。
それだけで、十分だと思いました。
子どもに伝えたいことがあります。
お金は、中立な存在だということ。
でも、経済的に自由になるためには、
お金について学ぶ必要があるということ。
看護師として働いてきた私が、
一番伝えたいのは、それです。
もし、過去の自分に声をかけられるなら、
こう言いたい。
「奉仕の心は大切。でも、お金を避けなくていい」
知ることは、怖いことじゃない。
むしろ、
人生を守るための、最初の一歩でした。
夜勤を手放して見つけた、小さな幸せと大きな自由